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ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー
ペンション調 shirabeー愛する人を還すため私は過去に残るー
Autor: 天咲琴乃

第1話 成人の誕生日

Autor: 天咲琴乃
last update Fecha de publicación: 2026-08-03 20:39:14

「お誕生日、おめでとう。」

小さなケーキのキャンドルが揺れる。

その灯りを見つめながら、水瀬いのりは照れくさそうに笑った。

「ありがとう、りひと。」

十八歳。

ずっと待ち続けた誕生日だった。

歯科衛生専門学校へ入学して一年。講義や実習、レポートに追われる毎日だったが、今日だけは違う。

恋人の西園寺りひとと、初めて二人きりで旅行へ出かける日だからだ。

「本当に許可が出てよかったね。」

りひとが穏やかに微笑む。

「うん。お母さんも、おじいちゃんも『成人したんだから自己責任で行っておいで』って。」

その言葉に、いのりは少しだけ目を潤ませた。

高校二年生の頃から付き合い始めて二年。

何度も旅行へ行きたいと思った。

けれど、未成年だったいのりに外泊は許されなかった。

『十八歳になってから。』

その約束を守り続け、ようやく迎えた今日だった。

「行き先、楽しみにしてる?」

「もちろん!」

いのりはスマートフォンを取り出し、予約画面を開く。

画面いっぱいに広がるのは、透き通った湖と赤い屋根のペンション。

『ペンション クルム』

東北の山あいにひっそりと建つ、小さな宿だった。

口コミには、

『時間が止まったような場所』

『また帰ってきたくなる宿』

そんな言葉が並んでいる。

「この湖、すごく綺麗……。」

「見た瞬間、ここしかないって思った。」

りひとは笑う。

社会人一年目。

会社で働きながら、公認会計士の資格取得を目指して勉強を続ける忙しい毎日だった。

旅行へ行く余裕なんて本当はなかった。

それでも、

「成人祝いくらい、一緒に思い出を作りたかった。」

その一言だけで、いのりは胸がいっぱいになった。

「ありがとう。」

自然と二人の手が重なる。

この旅行は、一生忘れられない思い出になる。

そう信じていた。

数時間後。

東北行きの列車を降りた二人を迎えたのは、ひんやりとした澄んだ風だった。

「空気がおいしい!」

いのりは思わず深呼吸をする。

駅前は静かで、人も少ない。

聞こえるのは鳥のさえずりと木々が揺れる音だけ。

送迎車に揺られること二十分。

山道を抜けると、突然視界が開けた。

「わぁ……!」

青く澄んだ湖。

風もない水面は鏡のように空を映している。

その湖畔に、一軒だけ赤い屋根のペンションが建っていた。

木製の看板には優しい文字で書かれている。

――ペンション shirabe。

調、しらべ、か。音楽由来の名前だ。

「写真より綺麗だね。」

「うん……。」

その時だった。

湖の向こう岸に、白いワンピースを着た少女が立っていた。

長い黒髪が風に揺れている。

こちらを見つめるように、静かに微笑んでいた。

「りひと……。」

「どうした?」

「今、あそこに女の子が……。」

指を差した先には、もう誰もいなかった。

「見間違いじゃない?」

「……そう、かな。」

首をかしげながらも、胸のざわつきだけは消えない。

初めて来た場所のはずなのに。

なぜか、この湖を知っている気がした。

その瞬間。

ギィ……。

古びた木の扉が、ひとりでにゆっくり開く。

「ようこそ、ペンション shirabeへ。」

現れた年老いたオーナーは、穏やかな笑顔で二人を迎えた。

その笑顔の奥に隠された秘密を、この時の二人はまだ知らなかった。

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